おぢば帰りの勇んだ姿を

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おぢば帰りの勇んだ姿を

10月04日号

政府が新型コロナウイルスの感染拡大防止策として求めてきたイベントなどの人数制限が9月19日、緩和された。これに先立ち、18日には政府の観光支援事業「Go Toトラベル」による割引を適用した東京発着旅行の販売がスタートした。その中で始まった4連休では、久々に旅行したり帰省したりした人も多く、交通機関で混雑が見られた。

この期間、おぢばにも多くの人々が参拝に訪れた。参拝者の大半は、家族連れが多いように見受けられた。感染リスクが比較的少ない、普段から一緒に生活している家族とのおぢば帰りなら安心ということだろう。高齢者から幼児や乳児まで連れ立って帰参した大家族も目立ち、並んで参拝している姿は、お道ならではの微笑ましい光景で、緊張がほころぶ思いがした。

4月に政府から発出された「緊急事態宣言」下、教会本部では、本部月次祭への帰参の自粛を呼びかけるとともに、4月29日から5月6日までの大型連休には、「朝づとめ」「夕づとめ」を除くすべての時間帯で、神殿、教祖殿、祖霊殿への参拝者の昇殿をお控えいただくという苦渋の決断をした。
その後、都道府県をまたいだ移動の自粛が緩和されると、教会本部は、7月から土曜・日曜・祝日の正午に、神殿で拍子木を入れておつとめを勤めることを発表。ただし「三密」を避けるうえから、大型の団参を控えて、教会や家族など少人数での帰参を促してきた。
今後は、政府の観光支援策やイベントなどの人数制限緩和により、おぢば帰りの動きが徐々に活性化していくだろう。引き続き、感染予防に細心の注意を払っていただきたい。

ところで筆者は、教会本部に勤務しているので、おぢばへお帰りになった教友の様子を目にすることが多い。その中で、一つ気づいたことがある。
それは、コロナ禍以前と比べて、神殿で行き交う帰参者の顔が皆、実に晴れ晴れとしているのだ。本部回廊で「こんにちは」「お帰りなさい」と声をかけると、誰もがマスク越しでも分かるほど満面に笑みを浮かべて、あいさつを返してくださる。コロナ感染の不安を抱えておぢばへ向かうことは、遠近を問わず、誰もがそれなりの決心を要する。それだけに、おぢばに無事にたどり着いた喜びが、自然と態度や表情に表れるのだろう。
かつて、おぢばへの旅が今日よりも大変だった時代、きっとおぢばは、こんな帰参者の勇んだ笑顔で溢れていたに違いないと思った。

おぢば帰りの勇んだ姿ということでは、次のような先人の逸話が伝えられている。
明治17年1月、遠州(現在の静岡県西部)の諸井國三郎は、3回目のおぢば帰りに信者10人を連れて旅立った。遠州からおぢばへの道程は6日間。道中、思い立って、4尺の白布を買い求め、真ん中に日の丸、中央に講社名を書いた旗をこしらえた。以後、この旗を先頭に翻して旅をした。

当時は、教祖に対する警察の圧迫・干渉が激化していた時期で、お屋敷の前には常に巡査が立っていて参詣人を追い返していた。そこに、旗を先頭にした國三郎一行が現れた。巡査は慌てて取り締まったが、國三郎の堂々とした受け答えに圧倒され、結局、手も足も出せずに帰ったという。これより数日前、教祖は「遠方から子供が来るで。ああ、見える、見える。フラフ(旗)を立てて来るで」と仰せになっていた。おそばの人々が、何のことかと思っていると、國三郎一行が現れたのである。教祖には、おぢばを慕って帰ってくる者たちの勇んだ姿が、ちゃんとお見えになっていて、お待ち兼ねになっていたのである。

時代は変わっても、子供の帰りを待ち兼ねる教祖の親心は今も昔も変わらないはずである。この秋、状況が許す限りではあるが、おぢば帰りの勇んだ姿を再び、教祖にご覧いただけるように努めたいと思う。

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