ドキュメント 信心のよろこび 家族の真実に〝不思議〟現れる

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ドキュメント 信心のよろこび 家族の真実に〝不思議〟現れる

11月15日号

家族の真実に〝不思議〟現れる

Iさん 65歳男性・Nさん 44歳女性

「孫が無い命をたすけていただいた。ご恩報じの思いで伏せ込ませていただきたい」

爽やかな秋空のもと、淺草大教会(東京都足立区)の外壁塗装のひのきしんに、黙々と汗を流すIさんの姿があった。

 今年7月のある日、Iさんの娘・Nさんのスマートフォンに緊急の電話がかかってきた。「息子さんがバイク事故を起こしました。病院へ急いでください」。Nさんは状況がのみ込めないまま、救急病院へ向かった。

搬送先の病院で顔を合わせた息子の翔太(19歳・仮名)は、顔が青ざめ、意識が混濁していた。「悪かったね」。普段から無口な翔太が、言葉を振り絞るように話しかけても、Nさんは心配のあまり、「頑張って」としか声をかけられなかった。

その後、翔太は大学病院へ移送され、緊急手術を受けることになった。

翔太は配達のアルバイト中にバイクの転倒でハンドルが腹部に突き刺さった。腹部には3リットルもの血液が溜まり、肝臓が真っ二つに割れていたという。

医師の説明を聞き、息子に命の危機が迫っていることを知ったNさんは父親に連絡。Iさんは所属教会でお願いづとめを勤め、その足で病院へ走った。

親子孫の3人が対面できたのは、緊急手術を終えた深夜零時すぎ。集中治療室で複数の管につながれた翔太を見たNさんは涙が止まらなかった。その傍らで、Iさんは一心におさづけを取り次いだ。取り次ぎを終えたとき、Iさんは「必ずたすけていただけると思った」と振り返る。

翌日、Iさんのもとに中村義廣・古里分教会長(78歳)から連絡が入った。「翔太を立派なようぼくへと導く心定めをさせていただこう」と諭された。

三代にわたる〝てびき〟

実はIさん自身も、若いころバイク事故を起こしたことがある。信者家庭に育ち、信仰3代目。高校生のころはお道の教えに反発していたが、事故をきっかけに修養科を志願。おぢばで出会った教友と過ごすうちに、自ら教えを求めるようになった。その後、塗装業を営みながら教会日参を続け、昨年からは大教会の創立130周年記念祭に向けて、改修工事に携わっている。

「教会に心をつなぐことで、どんな節の中も結構にお連れ通りいただける。翔太にもこの信仰を伝えようと、2月に一緒におぢば帰りをしたところだった」

一方、Nさんも〝てびき〟を経験した。高校時代に教えに疑問を感じ、お道から心が離れていたところ、卒業後に自動車事故を起こしたのだ。

その後、修養科を志願。教えに感銘を受け、本部勤務を願い出て、おぢばに伏せ込んだ。東京へ戻り、結婚してからも、仕事と子育てを両立しながら信仰を求めてきた。

事故から二日後、翔太は傷ついた臓器を摘出するため、再び手術に臨んだ。

この手術中に胆管が切れていることが発覚。医師からは「通常は胆管が切れた状態で生きている人はいない。奇跡としか言いようがない」と伝えられた。

6時間半に及ぶ手術は成功。経過観察のため、しばらく集中治療室で過ごしたのち、翔太は一般病棟へ無事に移ることができた。

コロナ禍中にできること

折しも翔太が事故を起こしたのは、新型コロナウイルスの感染拡大により、「三密」の回避徹底が叫ばれるさなかだった。一般病棟へ移った翔太のもとには、面会制限がある中で家族が代わる代わる駆けつけ、おさづけを取り次いだ。

一方、面と向かってのおたすけが叶わないなか、中村会長をはじめ上級教会の会長や教友らが、「コロナ禍の中でもできること」を考え、真実のおたすけに尽くした。

事故の翌日、上級の青梅分教会の月次祭では、教会につながる教友たちが翔太のたすかりを願って心一つにお願いづとめを勤めた。

また、淺草大教会や信者詰所でも、お願いづとめが勤められた。

さらに、中村会長は「おぢばでお願いをさせていただこう」と思い立ち、車を走らせた。おぢばでは、本部神殿のお下がりのオレンジを宮内大教会長(62歳)が用意していた。神殿でお願いづとめを勤めた中村会長は、オレンジを受け取って帰京。腹部の手術を受けたばかりで、すぐに食べられないことから、オレンジを絞ってジュースにしたものを冷凍保存し、後日、飲食できるまでに回復した翔太に飲ませた。

中村会長は「今回、翔太がたすかったのは決して奇跡ではない。Iさんが教会日参し、伏せ込まれた真実を神様が受け取ってくださったと思う」と語る。

 その後、順調に回復した翔太は、9月初旬に退院。現在、自宅で療養している。

Nさんは「翔太は事故前後の記憶はほとんどないようだが、退院後、すぐに教会の月次祭に参拝したいと話していた。たすかりを願ってくださった多くの方々への感謝の思いを強くしているのだと思う」と話す。

そしてIさんは、多くの教友が孫のために誠真実を尽くしてくださった姿を目の当たりにし、一層勇んで大教会のひのきしんに力を尽くしている。

「翔太には、ゆっくりでいいから、しっかりとおたすけのできるようぼくへと育って、教会の方々にご恩返しをしてほしい」

翔太が退院して1カ月が経った10月中ごろ。大教会の神殿で親子3世代が肩を寄せ合い、静かにぬかずく姿があった。

(文中、敬称略)

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