短い言葉に想いを託し

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短い言葉に想いを託し

12月06日号

「長い手紙を書いて申し訳ありません。短い手紙を書く時間がなかったのです」という言葉を聞いたことがあるだろうか。フランスでは、高校の国語の教科書で、ある手紙の一部として紹介されているという。

この言葉は、簡潔に短く文章をまとめることの難しさと、それが相当の時間を要する作業であることを端的に表していると思う。

本教では、教祖が「みかぐらうた」と「おふでさき」という原典において、お歌を通じて教えを伝えてくださった。

一般的に、歌の形態での伝達方法には文字や形式の制約がある。「短い言葉に思いを込める」という作業を通じて、ずばり何を言いたいのかというメッセージが鮮明になる。と同時に、端的にストレートに心情を表すということと、比喩などを用いて奥深い意味を相手に考えさせるという効果もあるだろう。

教祖が歌を通じて教えを伝えてくださったことに思いを致すと、そこには私たち人間が徐々に得心できるようにとの、親心ゆえの慈しみ深い配慮がうかがえる。

本教の教えは、人さまに話を取り次いで広めていくべきものである。そこに説得力を持たせるには、私たち一人ひとりが教えを知っているだけでなく、身に行い、心に治めて通ることが大切であり、それが言外に相手の心に映るに違いない。一方で、上手に的確に教えの一端を伝えるには、日ごろの鍛錬も必要であろう。

にをいがけ・おたすけにおいて、相手の悩みや苦しみに耳を傾ける中で、その人が少しでも教えに耳を傾ける心の状態が整ったなら、ためらう必要はないと思う。そのタイミングで何が伝えられるか。そのためには、日ごろから短い言葉で教えを伝える〝心の訓練〟が求められる。

エレベーターピッチと呼ばれる、ビジネスの場面でのプレゼンテーションの手法がある。これは、エレベーターに乗っているくらいの短い時間で、自社のビジネスについてプレゼンするというもの。たとえば、エレベーターの中で大物投資家とばったり出会った営業マンが、投資家が12階で降りるまでの二人だけの密室で売り込みをするチャンスを得た  。こうした設定で1分間でいかに効率良く、自社をアピールできるかを競い合うワークショップが行われているという。

信仰の世界はビジネスとは大いに異なるが、こうした訓練も必要かもしれない。近年はITの発展によりプレゼンも多種多様になってきているが、どんな言葉で、どんな口調で何を伝えるかは、今も昔も変わらない要点だと思う。

「おさしづ」に、こうある。

「この道遠い所へ行けば大層である。大層なれど、大層の中から出て来る。世界の大層を持って出て来るを、聞いてやらにゃならん。聞いてやれば、皆々分かる。遠い所へ行く。今一時の処、困難や困難や。理の集まる処、心から心あって出来た。出来たる処、これ兄弟という理」(明治35年8月10日)

これは、本部から10の教区へ出向いていく者へのお言葉である。

こちらの思いを伝える前に考えるべきは、相手が何を欲しているか、何を訴えたいかではないかと思う。そのために8割聴いて、2割伝えることを心がけたい。その2割で何を伝えるかは、8割の「聴く」にかかっている。伝えたいコンテンツは決まっていても、相手にふさわしい伝え方があるはずだ。大勢で集まるのが難しい状況だからこそ、一対一の場面での受け答えを相手本位に考えて工夫し、その困難を理解し、「理の集まる」努力を心がけたい。

先日、コロナ禍のさなかに苦労してアメリカから帰ってきた、ある教会関係者と話した。彼は「海外の教会長夫妻は、本音を言うと心が疲弊し、元気がないと思う。年末に年賀状を送るときは、海外の教友の心がぽっと明るくなるような、元気や勇気を与える文面で励ましてください」と、奮闘する海外教友の気持ちを代弁していた。じっくり考えて、相手がどんな一年を過ごしたのかを想像しつつ、短い言葉に想いを託して、年賀状をしたためたいと思う。(ひ)

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