NYの医療ようぼくコロナ最前線で奮闘

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NYの医療ようぼくコロナ最前線で奮闘

11月15日号

教友5人の手記

世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス。アメリカ・ニューヨークでは、3月末から4月にかけて感染が著しく拡大し、患者数が急増。州政府による「外出制限令」が出され、市街地では患者を搬送する救急車のサイレンが鳴り響くなか、自ら感染のリスクと闘いながら懸命に治療に当たった〝医療ようぼく〟がいた。この企画特集では、新型コロナの医療現場の最前線で奮闘した教友5人の手記を紹介する。

暗い心に差した〝希望の光〟-38歳・益津大教会ようぼく-

ロングアイランドにあるマーシー・メディカル・センターで、救急部の看護師として勤めています。5年以上働いていますが、この数カ月のような試練を経験したことはありません。

3月から4月にかけて、咳や発熱、呼吸困難などの症状の患者が大勢、病院に押し寄せました。同僚数人に感染の疑いがあったためスタッフが不足するなか、集中治療室のほか、緊急救命室にも収容する必要が出てきました。看護師一人当たりが担当する患者数は、増えていく一方でした。

私は勤務のシフトを追加し、休憩時間を惜しんで看護に当たりました。感染防護具の装着に時間がかかるため、水を飲む時間さえない日もありました。

ある日、呼吸困難になった重篤患者を乗せた救急車が次々と到着しました。呼吸用のチューブが挿管されるなか、到着時は安定していたものの、急激に容体が悪化する患者も……。私は患者の家族とのビデオチャットを準備し、「最期の言葉」を伝えるための手伝いもしました。

残念ながら亡くなる人は少なくありませんでした。私は患者の手を握り、亡くなる間際まで「決して孤独ではないですよ」と伝え続けました。さらに、ベッドの横で「なむ天理王命」と唱えたり、たすかりを願って座りづとめを勤めたりすることもありました。

勤務中、最も怖かったのは友人や同僚が感染することです。「次は自分の番かもしれない」という不安がいつも頭をよぎりました。

それでも私たちは、ウイルスに真正面から立ち向かいました。いまやるべきことは、患者を助けることだと理解していたからです。

しかし、勤務が終わって家路に就くとき、駐車場の車の中で毎日泣きました。自宅で子供と顔を合わせる前に涙を流すことで、ストレスや悲しみを軽くする必要があったのです。

暗い霧の中を彷徨うような気持ちでしたが、一筋の〝希望の光〟が差しました。地域の人たちが、食料や手作りのマスクを届けてくれたのです。

また、教友からも支援が相次ぎました。ニューヨーク地区婦人会からは手作りの手術帽が寄贈され、教友の呼びかけによりフェイスマスク作りも始まりました。ハワイの教友からも感染防止パッケージを送っていただきました。

皆さんからの愛、サポート、励ましに溢れた心づかいは、本当にありがたいことと感謝しています。

世界の教友と一体感味わう-24歳・ヘリティッヂ教会ようぼく-

新型コロナの大流行が始まった3月、私が勤務するニューヨーク大学ランゴーン・ヘルス病院の対応は迅速でした。患者の増加に備え、手術を中止して病床数を確保しました。

今回のパンデミックは、医療スタッフにとって未知の経験であり、全員を恐怖に陥れました。

当初、意識のある患者にチューブが挿管される際、鎮静剤や麻酔を恐れる姿を見るのがとてもショックでした。しかし、日が経つにつれて、それが当たり前の光景になっていきました。

私を含むスタッフは、目の前の事態に対処することに必死でした。私たちには患者の痛みや悲しみを和らげることしかできません。しかし、医療スタッフがどんなに努力しても、患者の容体が悪化する例は少なくありませんでした。

また、私自身の感染のリスクを減らすために、家族や友人と離れて暮らすことにしました。

大きな孤独と不安を感じる中で、家族や友人の前向きな言葉、愛、サポートのおかげで、なんとか日々を生きていくことができました。

何より患者の看護に当たるときは、親神様・教祖がいつも励ましてくださることを実感しました。

お道の仲間とは離れて過ごしていますが、世界中の教友が終息を願い、祈りを捧げていることを知り、教友たちとの一体感を味わいました。

いまは感染率が低下し、入院患者数が減ったように見えますが、依然としてマスクを着用し、予防に最善を尽くす必要があります。それが、全世界の人たちをコロナから守ることにつながるのです。

孤独な中も信仰に支えられ-29歳・船場大教会ようぼく-

ミドルタウンにあるオレンジ・リージョナル・メディカル・センターで薬剤師として働く私にとって、今回のパンデミックは、人生最大の試練と位置づけられるでしょう。

3月から4月にかけての時期は、大節に込められた親神様の意図を考える余裕はありませんでした。強烈な波に足をすくわれ、溺れてしまった気持ちでした。

幸いなことに、お道の教えが私の心を支えてくれました。信仰のおかげで自分自身の精神を集中し、医療現場の最前線で患者をサポートし続けることができました。また、教友から多くの応援メッセージが届き、励まされました。

私たちは、新型コロナの感染拡大により、深い孤独感を味わいました。人間には周囲との交わりが必要です。

しかしウイルスは、それらを奪い去りました。ハイタッチや握手、ハグもできません。症状の有無にかかわらず、ほかの人と同じ部屋にいることすら危険を感じざるを得ないのです。

そして最も困難な状況にいるのは、病院で一人でウイルスと闘う患者です。彼らには手を握ったり、ベッドの横で悲しんだり、お見舞いの花を持ってきたりする人が会いに来られないのです。一人で苦しむほどつらいことはなく、患者のことを思うと胸が痛みます。

このウイルスに対する取り組みと治療に、引き続き一致団結して掛かっていきたいと思います。皆さんの安全と幸福をお祈りしています。

 

緊急時に一手一つを感じて-42歳・船場大教会教人-

看護師として10年以上勤めている私は現在、メリーランド州ジョンズ・ホプキンス病院でPACU(麻酔後処置ユニット)のスタッフとして働いています。ここの業務では、患者が治療や手術のために麻酔を受けた後のケアに当たります。

当初、PACU自体は、新型コロナによる影響を受けませんでした。PACUを利用する患者は、免疫力が低いため、感染リスクを下げようと、スタッフを完全隔離したからです。

その後、新型コロナ患者が急増するなか、未感染者への治療も必要でした。

そこで病院では、対策用のICU(集中治療室)チームを組み、私を含む多くのPACUスタッフが招集されました。チームは効果的に機能し、新たな未感染者の受け入れを可能にしました。

チームには、集中治療室での仕事から長く離れているスタッフや、全く経験がないスタッフもいました。しかし、患者を助けるという共通の目標を持った医師や看護師、多くのスタッフが集まった素晴らしいチームになりました。まさに一手一つの教えの縮図が、そこにあったと思います。スタッフ全員が無私無欲で治療に当たったことに、親神様・教祖もお喜びくだされたと確信しています。

1カ月後、感染リスクを考慮してチームは解散し、スタッフの多くはコロナの治療に当たるグループへと配属されました。その後、手術室や治療分野の機能が徐々に回復し、PACUスタッフも元の部署へ戻っていきました。

現在、私たちは〝第二波〟に備え、あらゆるサービスとケアを継続していくために、厳重な警戒と柔軟性を保ちながら業務に当たっています。

 

「はたらく」精神で現場に立ち-45歳・美張分教会ようぼく-

ニューヨーク市から車で3時間ほど離れた町の病院で、手術室看護師として勤めています。

新型コロナの影響で、不急の手術が先送りになるとともに、コロナの感染が疑われる患者が3人に1人の割合となり、スタッフが感染防護具を着ける必要に迫られたこともありました。現在の感染は10人に1人くらいに落ち着いています。

新型コロナに感染した可能性のある患者に携わる機会は多くありませんが、自分や家族が感染してしまう恐怖心は常にあります。それでも私が現場に立つことで、同僚への感染リスクを減らすことができるはずだと思い、「はたはたの者を楽にする」の精神で業務に当たっています。

また手術では、執刀医以外に麻酔科医、外科助手、看護師など、多くのスタッフがチームとなって動いています。患者のために、自分の力を最大限に出しきることが、仕事を通じての報恩感謝のひのきしんにつながると思っています。

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