おやのことば おやのこころ 六下り目 五ッ

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おやのことば おやのこころ 六下り目 五ッ

09月06日号

五ッ いつもかぐらやてをどりや すゑではめづらしたすけする

 

猛暑のなか、本部8月月次祭が勤められました。
わが家では今月も自宅から遥拝させていただきました。朝づとめ後、神饌物を改め、祭典時刻に合わせて座りづとめ・十二下りを勇んで勤めましたが、こうした状況が半年も続くうちに、心の中にモヤモヤした感覚が芽生えてきました。
それは、おぢばへすぐに足を運べる距離にいるにもかかわらず、参拝することが叶わないもどかしさであり、自宅からの遥拝を、本部神殿で参拝することと同様にお受け取りいただけるのだろうかという、懐疑の念にも近いものでした。
私たちがおぢばへ足を運ぶ意味は、そこに坐すをやにお喜びいただくこと、かぐら・てをどりを拝して、をやの心に溶け込んでお歌を唱和し、一手一つの勇んだ姿をご覧いただくことでしょう。
あらためて、そう考えるうちに次のお歌が浮かびました。

「五ッ いつもかぐらやてをどりや すゑではめづらしたすけする」

コロナ禍のさなか、おぢばで勤められるかぐら・てをどりを直接拝せなくても、心をおぢばに向け、をやにお喜びいただきたい一心で遥拝するならば、おぢばで直接参拝するのと同様にお受け取りくださり、将来は「めづらしたすけ」の姿をお見せくださるに違いないと思うのです。
近い将来、かぐら・てをどりを直接拝せる日を楽しみに、感染拡大の一日も早い終息と、身上・事情で悩み苦しむ人々のたすかりを祈念し続けたいと思います。

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