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連載記事

自分も相手も大切にする話し方

(2018年11月18日号)

人間づきあいをする上での最低限のマナーを知ることは、人と関わるツールになる(40代女性)

「相手への配慮を添える」という部分が有ると無いとでは、人間関係に大きく影響すると思う。相手への配慮が巡り巡って、自分も大切にする行為であるということを再確認できた。(40代男性)

エゴばかり押し出さず、自分も相手も大切にする話し方をすることが、人との関係をうまく築いていく方法の一つであるということを学んだ。(50代女性)

金山先生のカウンセリングエッセーは、いつも心して拝読しています。いま、町内の居場所づくりを実践中。相手の立場に十分配慮することを肝に命じて頑張ります。(70代男性)

感性を磨く

(2018年11月11日号)

いろいろな場所に連れていってくれた思い出、アパート生活でも自然を感じるための母の工夫、それらが元渕さんの音楽家としての原点だったようだ。我々も自然と共に生きる「陽気ぐらし」を目指すべきだと思う。(70代男性)

「十段階」

(2018年11月11日号)

歌手の方のエッセーなどを読む機会は、有り難い(40代女性)

この話は、とても面白く読ませていただきました。少しアレンジしたら、にをいがけにも使えるのではなどと、おかしなことを考えてしまいます。(60代男性)

いつも楽しみに読んでいます。お道の心、通り方、神様の受け取り方がアーティストのきれいな文章で書かれていて、心洗われる思いです。たまに怖い内容の時もありますが、文章がきれいなので、心に響きます。(50代男性)

「いちばん痛いときを10としたら、今いくつですか」「いちばん幸せなときを10としたら、今いくつですか」どちらも自分の都合のいいような答え(数字)を言うだろう。どんな答えも、神様は見抜き見通しである。「いちばん幸せなときを10としたら、いつも10」と答えたい。(50代男性)

私も人工股関節の置換手術をした時に、この十段階で痛みを表現するように言われた経験がある。その時の私の痛みは十段階の一程度だったが、痛みというものにはずいぶん個人差があるものだと感じたことを思い出した。(60代女性)

独特の言葉づかいに、少し思案しながら、いつも繰り返し読ませてもらい、作者の伝えたい思いを探っています。「私の幸せはたいへん単純なことでできている」のであれば、小さな喜びを大きな力に変えて過ごしていこう!と思わせていただきました。(30代女性)

この詩を詠んで、私の「幸せは何段階ですか?」と置き替えて考えてみました。息子(娘婿)は、世界一やさしい人で、猛暑のときは、「体は大丈夫ですか」と労りのメールが、真冬の寒い日には「風邪をひいていませんか」と。本当に、私たち夫婦は幸せ者です。初孫が20歳の誕生日の後、名古屋から帰り、両親に「俺も20歳になりました。いままでありがとうございました。卒業したら親孝行します」という言葉通りに、4月から大手の会社で頑張ってくれています。これも、親神様・教祖のおかげと喜んでいます。初任給で両親と私たち夫婦にプレゼントを……。心のこもった品物は、ありがたいですね。(70代女性)

毎回、楽しみにしています。今回の「十段階」は、表題を読んだとき「何だろう?」と思いましたが、幸せを10にする方法のヒントを頂いたように思います。(50代男性)

〝希望の種〟を蒔く

(2018年11月04日号)

世の中の不条理に苦しむ人たちは多く、希望の種を蒔く~陽気暮らしに導く~ことの大切さ、難しさを日々実感しています。(70代男性)

説得というよりも、お諭しという本教独自の教えがぴったりとくると思う。長々と書かれてなく、いつも読みやすい。(40代女性)

「目の前で起こることの一つひとつは小さなことかもしれませんが、それぞれ立派な希望の種でもあるのです」との言葉が強く印象に残った。日々、小さなことにも喜びを見つけ、感謝し、言葉に表す。その小さな行いの毎日の積み重ねが、子供たちの心の中に希望の種を蒔くことにつながるのだと感じた。(40代女性)

島田氏は紛争などの厳しい状況のなか「一人でも多く救いたい」と願い、またエッセーや講演に対する手応えを“希望の種”と前向きに捉えている。私たちようぼくも、すぐに結果を求めず、ひのきしんやにをいがけを通して、小さくとも一つでも多く“希望の種”を蒔きたいと思う。(70代男性)

「小さな目の前のことに喜びを見いだす」。なかなか上手くいかないことが多い最近ではあるが、毎日必ず何か小さな喜びがあるはず。そんな喜びに気づける心のゆとりを持とうと思える記事でした。(40代男性)

エゴばかり押し出さず、自分も相手も大切にする話し方をすることが、人間関係をうまく築いていく方法の一つであるということ、良かったと思う。(50代女性)

「不条理に傷つく人たちを一人でも多く救いたい」「一人でも多くの子供たちが、笑顔で暮らせる世界にしたい」。どれほど生きづらい世界であっても、私たちは生きていかねばなりません。島田先生も言っておられますように、一番大事な命、その命は誰も奪うことはできません。「前を向いて歩く」。未来を見据え、日々健康に、誰にも「迷惑をかけない」これが私の一番の希望です。(70代女性)

「私は時報にたすけられた」

(2018年10月28日号)

教会に生まれたが若い頃は全く教会へ帰らず、お道の信仰から離れて30年。甥が教会長に就任したのを機に時報を購読するようになったとのこと。ある記事に気づかされ、心を入れ替えて「手配りひのきしん」をするまでになった。手配りが縁で結婚……現実にこんな事が。親神様から引き寄せられ、夫婦仲良く通られている様子を拝見し、「素晴らしい」と拍手を送りたい!。(50代男性)

故郷・清滝で感じた〝鼓動〟

(2018年10月28日号)

明治末期、宿場町清滝で天理教の教えが伝わり、広がりを見せる様子が生きいきと描かれている。まず旅館で働く女性の話に感銘した店主が、村人のために講話会を開くに至るという素朴な展開であり、現代に通じるにをいがけと言えるのではないか。(70代男性)

父親の視点から詠む 稲畑廣太郎作 『八分の六』

(2018年10月28日号)

川村優理さんの童話「とんちばなし」「わらいばなし」を、孫に買ったことを思い出しました。親子ともに笑える本です。稲畑廣太郎さんの俳句を、父親の視点から詠んでいるということは新しい発見です。私は短歌を詠みますが、俳句の情景も、その詠まれる人の気持ちも良く分かります。「枯葉舞うとは八分の六拍子」枯葉が待っている様子が描かれて、よく分かります。(70代女性)

歌壇10月28日号

(2018年10月28日号)

学生の時「石川啄木」の「一握の砂」を読んで短歌を作り始めました。自己流です。父の友が北海道にいらして、その人に添削してもらったのは習ったと言えるかどうか。歌壇会は3回行かせてもらい、3人の教友ができました。また4月に出席できたらと思います。(70代女性)

運動会の弁当

(2018年10月28日号)

便利な世の中になり、コンビニに行けば何でも揃っている。私は手作りにこそ、母の愛情が詰まっていると考えています。出来合いは、買ったことがありません。そうやって弁当を作り、娘たちも大きくなり、孫たちにも作ってやっています。母の味こそ一番の栄養です。(70代女性)

にち/\に心つくするそのかたわ むねをふさめよすゑハ...

(2018年10月28日号)

自分にとって苦手だと思われる相手でも、一緒に同じ生活・体験をすることで、会話もでき、お互いを知ることができる。(50代女性)

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