【にお・まさのぶ】1951年、徳島県生まれ。広島大学大学院文学研究科国語学国文学専攻博士課程後期単位取得満期退学、77年、文学修士。80年、天理大学文学部助手。98年、天理大学文学部教授。現在、中古文学会、中世文学会、和歌文学会、広島大学国文学国語学会に所属。中古文学会関西部会委員などを務める。著書に『源氏物語の内と外』(角川書店刊 共著)など。
アニメや特撮番組の主人公と友だちになれるとしたら、あなたは誰を指名するだろう? 鉄腕アトム、ウルトラマン、名探偵コナン、もっと古いところで赤胴鈴之助……。
平安朝文学を専門とする私は、迷わずドラえもん。タイムマシンに乗って、約1000年前の京都を訪ねてみたい。そして、紫式部が「源氏物語」を執筆している様子をうかがい、なぜこのような長編物語を書いているのか、原作の本文はどのようになっているのかなどを尋ね、箏の琴の名手であったといわれる作者の演奏を実際に聴いてみたい。また、御所での雅楽演奏も体験してみたいと思うからだ。
「源氏物語」には音楽に関する記述が200カ所以上見られ、平安時代の他の物語と比して質、量ともに抜きんでている。音楽が単なる物語の構成要素に留まらず、作品の主題構想や人物造形に深く関わっているのである。しかし、残念なことにというべきか、当然というべきか、当時の音楽は現在、そのままの形で姿を留めていない。これは音楽や絵画などがもつ運命ともいえる。「源氏物語」の音楽は、山田孝雄博士の『源氏物語之音楽』(昭和9年、宝文館出版)という先駆的研究書が拓いた比較的新しい研究分野である。
天理大学雅楽部は、平成20年の「源氏物語千年紀」に照準を合わせて定期演奏会のテーマを「源氏物語」に絞り、13年からその雅楽の復元演奏を試みてきた。昨年は創部されてちょうど60年。その節目に、本書が企画され出版された。同部の定期演奏会では紫式部が舞台の袖に登壇し、「語り手」として曲の解説やステージ進行を担当するが、本書も同様の趣向をとっている。
昨年還暦を迎えた私自身、「源氏物語」の面白さが大学生のころや30代、40代のときとずいぶん違ってきていることに気づく。年を重ねることで読みが変化する。
私のいまの課題は二つある。「源氏物語」は「女のために女が書いた女の世界の物語」ともいわれるが、光源氏が半生を共にした紫の上の、女性としての成人・成長を追究すること。もう一つは、この音楽や絵画などの素材が作品の中でどのように生かされ、主題展開をいかに担うのかという問題である。本書には、後者の課題をひもとくためのヒントが随所に散見される。
また、「うたまい」がDVDに収められ、音と映像としても楽しむことができる。物語は文字を媒介として、想像力を働かせながら読むのが主流だが、このように演奏の様子を目にすることで、視覚・聴覚を駆使して作者の心中深く滑り込むのも、これまでの本とは違う新しい楽しみ方であろう。演奏会に足を運ぶことができない人々にとっても、このDVDは重宝である。