【にお・まさのぶ】1951年、徳島県生まれ。広島大学大学院文学研究科国語学国文学専攻博士課程後期単位取得満期退学、77年、文学修士。80年、天理大学文学部助手。98年、天理大学文学部教授。現在、中古文学会、中世文学会、和歌文学会、広島大学国文学国語学会に所属。中古文学会関西部会委員などを務める。著書に『源氏物語の内と外』(角川書店刊 共著)など。
本書は、第1章「源氏物語と雅楽」、第2章「雅楽物語」、第3章「雅楽部物語」の3部から成る。第1章は、曲目や場面の解説を中心にしながらも、物語の単なる概説書にならぬよう配慮し、両者の連関に新しさを見いだすべく作者(紫式部)に語らせている。
他の研究書の追随を許さないのは、本書が実演を伴っていることだ。たとえば「花宴」の帖で、頭中将が舞う「柳花苑」を、作者は「いまに残る舞としては『春庭花』を想像して」ほしいと語る。また「紅葉賀」の帖では、光源氏が初めて舞った舞楽「青海波」が描かれる。作者は、舞い終えた光源氏が永遠の恋人である藤壺(父帝の妃)へラブレターを送ったことを力説する。光源氏がこれから栄光への道を歩むことの象徴的場面といえるが、DVDの鑑賞により、その艶やかさの一端をうかがうことができる。
作者のそのような語りは、第2章でも同様である。楽器の解説の中で、物語と楽器との関連を指摘する。須磨に蟄居していた光源氏が帰京の折、持参した琴を明石の君に形見として残す。御子を出産した明石の姫君を娘にもつ明石の君と、源氏の正妻であった紫の上との人生の明暗が入れ替わるのが「若菜上」の帖である。作者はその転換の契機について、この琴の付与が伏線となっていたことを語り、物語制作方法の手の内を明かす。また、古代の音楽の名手についても昔語りをしたり、「二の句が継げない」「野暮」といった雅楽に由来する言葉についても語ったりと、さながら〝雅楽の百科辞典〟の様相を呈する。
第3章は、茶目っ気たっぷりの同部顧問が書いた天理大学雅楽部の宣伝文である。国内はもとより海外にも名を馳せる同部が、「ふるさと講」の月次祭の奏楽奉仕に端を発し、紆余曲折を経ながら今日に至った歴史や、悲喜交々のエピソードが語られている。創部当時からその底辺に流れているのは、「ひと・もの・こころ」を大切にする姿勢である。まさに、天理大学の建学の精神の具現化といえよう。
「源氏物語」をいままでとは違った視点から読みたい人、平安時代の古典作品を読む契機を探している人、雅楽について勉強を始めたい人、その造詣を深めたい人、天理大学雅楽部に興味をもつ人、そして、天理の文化的コンテンツをにをいがけ活動の一助として活用したい人、そのようなしっかりした目的をもつ人にお勧めしたい。総合芸術家・紫式部の面目躍如といった1冊であろう。