文芸連載小説

作/片山恭一  画/リン

第6話
大海原へ漕ぎ出す二人

2020年08月23日号

空の星が落ちてこないのは、星と星が結ばれ合っているからだ。クマ、ハクチョウ、ライオン、クジラ、ウサギ、ヘビ、サソリ、ヤギ、ワシ、サカナ、ウシ、それにイヌ。生き物たちが力を合わせて、星の落下を防いでいる。

もし夜空から生き物たちが消えて、ただの星粒になったら、人も犬も恐怖におびえて夜を過ごすことになるだろう。カンにとって、毎日がそのようなものだった。いつ落ちてくるかもしれない星から身を守るために、絶えず夜空を見張っていなくてはならない。たしかにカンの記憶力は驚くべきものだった。見聞きしたことはほとんどおぼえてしまうが、それを理解するのに苦労した。たとえば先日、中庭の松の木の下で出会った女の子の名前が「ツツ」であることはおぼえている。顔や髪の毛、着ていた服、喋った言葉など、何から何まで思い出すことはできたけれど、自分に話しかけてきた彼女を、どう感じればいいのかわからなかった。

原因と結果、「何かがなぜ起こったのか」を理解するのにも苦労した。「つながり」や「関係」といった言葉の意味がわからないらしかった。そのため物事は一つひとつばらばらで、いつも動いていて、流れる砂のように不安定だった。

だが、ものは考えようで、あの子にとってはいいことだったのかもしれない。自分がなぜこんなふうになっているのか。ほかの子たちと違って、いつもひとりぼっちなのか。理由や原因を考えなくても済むからだ。そんなことを考えはじめたら、きっと無数の「なぜ」が夜空の星のように降り注ぎ、身動きがとれなくなってしまっただろう。

「海は月を感じているみたいだなあ」。いつか夜明け前の国道を車で走りながらトトは言った。「月の満ち欠けによって潮の満ち干が大きくなったり小さくなったりするだろう。サーファーも月を感じている。月に身体が引っ張られる気がするんだ。サーファーは、海そのものだからね」

ちなみに犬も月を感じている。月が煌々と照っている夜や、反対に真っ暗な闇夜には身体中の毛が逆立つ。だからといって犬はサーフィンをしない。少なくとも仲間内では、そんな話は聞かない。

「いい波に乗ったときの気持ちよさは、ちょっと言葉では表現できない」。トトはうっとりした顔でつづけた。「波は地球と月と太陽の合作で、宇宙の最高傑作だ。波と一体になって滑っていくのは、それはもう気持ちがいいものなんだ」

ひょっとして、わたしにも一緒にサーフィンをしてほしいと思っているのではないだろうか。たしかに犬同伴で波に乗るサーファーは世界びっくりニュースになるかもしれないが、こちらとしては願い下げた。

「一本でもいい波に乗れたら、その日は最高だな。よし、がんばって仕事をしようって気になる」

わたしたちにとって、波はもっと別のものだ。カンの世界は始終波打っている。その波は恐ろしく、まったく意味がない。わたしはあの子にとってのサーフボードだ。二つで一つのものとして、波打つ大海原へ漕ぎ出していく。

相関図