文芸連載小説

作/片山恭一  画/リン

第33話
どっちを選んだ?

2021年09月05日号

坊さんのお経は、永遠に終わらないのではないかと思えるほど長かった。どうして人が死ぬと、こんなに人が集まるのだろう? 動物はたいてい自分だけで死んでいく。ほかの仲間に弔ってもらう必要などない。犬もそうだ。人間は大勢で分担しないと、一つの死を受け止めきれないのかもしれない。

誰かが小声でトトの最期について話していた。溺れかけた若者を助けるために、水を掻いて救助に向かったらしい。半ば意識のない若者をサーフボードに乗せて岸をめざした。しかし離岸流と呼ばれる、沖へ向かう危険な潮の流れにつかまってしまった。

トトは背が高かった。普通の大人とくらべるとボール一つぶんくらい高かったはずだ。大きな手を、わたしはおぼえている。その手で懸命に水を掻くトトの姿が目に浮かんだ。最後に力尽きて、もうダメだと思ったとき、何を考えただろう。あとに残される家族のことだろうか。それとも最後まであきらめずに流れと闘いつづけたのだろうか。

ハハが簡単な挨拶をした。カンは無表情だった。トトがいなくなったことに気がつかないふりをしているみたいだった。棺を乗せた車に、トトの写真を抱えたハハとカンが乗った。わたしもカンの足元に付き添った。彼らはこれから、自分たちの一部をトトと一緒に葬ろうとしているのだ。

葬儀のあと、夜中にカンは長く目を覚ましていることがあった。わたしには、あの子の考えていることが手に取るようにわかった。それは誰も知らない、わたしたちだけの秘密だった。

「どっちを選んだ?」

何げない問いが、ときには恐ろしいものになる。一つの凶悪な問いが取り憑いて、カンを喰い殺そうとしているように思えた。

「トトのお葬式か、ツツたちのお葬式か、もし選べたとしたら、どっちを選んだ?」

間違ったのではないか。一生に一つきりの願い事を誤ったのではないか。助けることができた、とカンは思っている。しかしあの子は自分の父親を助ける代わりに、友だちと家族を助けた。それは正しいことだったのだろうか?

いっそ別の世界で、別の人間になりたいと思ったかもしれない。しかしカンはいつもカンであり、世界はこの世界だったので、わたしたちは歩くことにした。足が痛くなり、身体がくたくたになれば、心は少しだけ軽くなる。

いつかトトが話していた。地球は太陽に向かって落ちている。墜落しないのは遠心力のおかげだ。わたしたちも落ちている。宇宙のなかを落ちつづけている。歩きまわることで、なんとかここにとどまろうとしていた。

相関図