文芸連載小説

作/片山恭一  画/リン

第17話
青年の打ち明け話

2021年02月14日号

部屋にはトトとハハと青年とわたしがいた。カンは自分の部屋でやすんでいる。青年は風呂に入り、トトの服を借りて一緒に夕食を食べた。いまはワインを飲んでいる。

「まいったなあ」。どうやら口癖になっているらしい。「ダイブしようと思って来たんです」
「ダイブ?」
「自分に始末をつけるつもりでした」。そう言って青年は、ちょっと怯えた目で二人を見た。

どうやら難しい話になりそうだった。

「何か事情がありそうだとは思っていたよ」。トトはワインのグラスに指をかけたまま言った。

「よかったら話してみないか」

彼はしばらく考え込んだ。それから言葉を一つひとつ重そうに口まで運んで話しはじめた。両親の期待がずっと重荷だった。その期待を裏切ることができなかった。成績はよかった。二人が自分たちの息子をいかに自慢に思っているかは痛いほどわかった。わかり過ぎるので辛かった。

「アウトローになれるとよかったんだけど」。彼は言葉を選びながらつづけた。「あるとき突然わかったんです。二人とも自分のことにしか興味がないんだって。なんにでも口出しするわりには、息子のことが、まるでわかっていない。たんに鈍感ってことじゃないんです。子どもに過剰に干渉するのは彼らの自我の延長なんです」

言葉をおいて、なぜか男はわたしを見た。

「なんて名前ですか」
「ピノ」。ハハが答えた。
「きみがいま飲んでいるワインの品種だよ」。トトが付け加えた。
「おとなしい息子さんですね」
「言葉が出ないの」

青年は驚いた様子もなく、ただ黙ってうなずいた。

「ずっと走りつづけている感じなんです。同じところをずっと」。彼はどこか切羽詰まった口調で言った。

「肺は熱く焼けて、心臓は破裂しそうなほど鼓動しているのに立ち止まることができない。止まった途端に自分に追いつかれそうな気がして」

「家出をするとか旅をするとか、そういうことでは片づかなかったのかい」。トトがたずねた。

「両方とも、やってはみたんです」。青年は静かに言った。

「でも本当の問題は両親じゃなかった。ぼく自身が問題だったんです。もちろん彼らの育て方に問題があったのはたしかです。でも、そんなことを言ってもはじまらない。もう親のせいにする歳じゃないし。なんとかしなきゃ。自分で自分をなんとかしなきゃ……」

「なんとかしようとして、うちの子を助けてしまったわけだね」。トトは青年に向かってやさしく言った。

「わたしにはもう解決しているように見えるけどね。きみの問題は、きみ自身が解決してしまったんじゃないかな」

見えていたのかもしれない、とわたしは思った。いまは声を立てずに泣いている若い男の未来、車もろとも海にダイブする光景が、あの子には見えていたのではないだろうか。

相関図