文芸連載小説
その夜、わたしは殺された牛や豚のことが気になって眠れなかった。動物たちはみんな誇りをもって生まれてくる。牛は牛であることに、豚は豚であることに。そんな動物たちが、身動きもできないような狭いところに閉じ込められ、一年ほどで肉にされる。鶏の場合は産みたくもない卵を産みつづける。
挙げ句の果てに、疫病が流行れば、あっけなく殺され、白い粉をかけて埋められてしまう。まったく誇りも何もあったものではない。人も動物も病気などで死ぬべきではない。寿命があるかぎり長く生きるべきだ。どこかで何かが間違っている。どこで何が間違っているのだろう?人間が人間であることを間違っているのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、いつのまにか眠ったらしい。夢を見ていた。犬も夢を見る。しかし自分の夢かどうかわからなかった。なぜなら、いつもわたしのそばではカンが眠っているからだ。わたしが見るのは、あの子が見ている夢かもしれない。それとも一つの夢を分け合って見ているのだろうか。
雨のなかを車が走っていく。かなりスピードが出ているようだ。いつもトトが波乗りに行くときに通る道と似ている。横は崖になって海に落ち込んでいる。どうやら車は、わたしたちが住む町のほうへ向かっているらしい。
反対側から、もう一台の車が近づいてくる。あまり友好的とは言えない走り方だ。左右にふらついているし、スピードも禍々しいほど出ている。雨は激しく降っている。二台はどんどん近づいていく。すれ違うのは急なカーブだ。お互いに相手の車は見えない。嫌な予感がする。悪い出あいが近づいている。
案の定、カーブにさしかかったところで、ふらつきながら走ってきた車がガードレールにぶつかった。はずみで反対車線に飛び出した。一瞬のことだった。二台の車は正面からまともにぶつかった。驚くべき光景だった。頑丈な車が紙屑のようになってはじけ飛んだ。乗っていた人たちがどうなったのかわからない。いや、わかっている。いかに不死身の犬でも、あれでは到底助からないだろう。
人間はなぜ酒などという愚かしいものを好んで飲むのだろう。いったい水になんの不満があるというのか。動物は原則として水しか飲まない。地球上でいちばんおいしい飲み物であると知っているからだ。酒と手を切らないかぎり、人間の未来は明るくないだろう。
いつのまにかカンが目を覚ましていた。その瞳に映っているのは恐怖だった。あの子も同じものを見たのだろうか?さあ、もう一度眠るんだ。嫌なことは忘れてしまえ。わたしが付いていてやる。今度は夢なんか見ずに、ぐっすり眠るんだぞ。
頬を舐めてやった。潮の味がした。わたしは思い出した。海が持ち上がった日のことを。ときどきカンには未来が見えてしまう。するとこれは、いつか誰かの 身に起こることなのだろうか。