文芸連載小説

作/片山恭一  画/リン

第12話
愛想のないふたり

2020年11月22日号

翌日は土曜日で診療所が休みなので、トトは午後から省吾さんの農場へ出かけることにした。午前中に電話をして約束したらしい。カンとわたしも一緒に行くことになった。

雲一つない青空が広がっていた。農地は町の外れの山間にある。畑の向こうに一軒の家がぽつんと建っていて、男が屋根の修理をしていた。トトが声をかけると、主らしい男ははしごから降りてきた。見たところ、六十歳は超えていそうだ。わたしはもっと若い人を想像していた。

「突然お邪魔してすみません」とトトは言った。

「どうせ暇だからね」。相手は額の汗をタオルで拭いながら、ぶっきらぼうに答えた。

新聞の記事を読んで、もう少し詳しく話を聞きたくなったとトトは説明した。

「まあ、歩きながら話そうか」。男は先に立って歩きはじめた。

一匹の犬が近寄ってきた。三歳くらいの雑種で茶色の毛並みをしている。「見かけないやつだなあ、何しに来た」と言うので、「おまえの主人が飼っている豚の様子を見に来たのさ」と言ってやった。相手はそれ以上の興味を失ったらしく、どこかへ行ってしまった。まったく愛想のないやつだ。

「このあたりはみんな水田だったんだ」。主人のほうもそれほど愛想がいいとは言えない。

「五ヘクタールはある」
「耕作放棄された土地の維持管理を引き受けられているということでしたね」
「手間のかかる稲の面倒を、一人で五ヘクタールもみられるもんか。だから一部だけ畑にして、あとは遊ばせている。しかし遊ばせていても草は生える。おれも、もうすぐ七十だ。この歳で草刈りなんかしたくないだろう?それで豚に食べてもらうことにした」
「なるほど。『沈黙の春』とは逆の発想ですね」
「なんだい、そりゃあ」

竹の柵のなかに数頭の豚がいた。主の姿を見ると、餌をもらえると思ったのか近づいてきた。あいにく豚とは言葉が通じない。わたしは友好的に尻尾だけ振っておいた。

「月に一頭半出荷している。それ以上増やすと、こっちが大変だ。とにかく楽をすることだけ考えているからね」。そう言って、相手はにやりと笑った。

「出荷したら、生後二,三カ月の子豚を買ってくる。そいつを三日絶食させるんだ。どうしてかわかるかい?」

しばらく考えて、トトは「いいえ」というように首を振った。

「連中は腹を空かせて必死に食べ物を探しまわる」

男はどこか得意げに言った。「それまでコンクリートの上で配合飼料しか食べたことのなかった子豚が、地面に生えている草も食べるし、土を掘り返して木の根っこみたいなものも食べる。こんなものも食べられるのかと学習していくわけだ。土のなかにいるバクテリアなんかも腸に取り込まれるから便も良くなる。それから少しずつ普通の餌を与えていくんだ」

トトはいたく感心したように何度もうなずいていた。

相関図