文芸連載小説
棚田の稲が黄金色に実った。水を抜いた田んぼの土はすっかり乾いている。春に植えた稲を刈り取る日がやって来た。農家の人が簡単に要領を説明して、さっそく稲刈りがはじまった。毎年のことなので、鎌を持つ子どもたちの手つきも慣れたものだ。それでも一人くらいは怪我をする子どもがいる。真っ赤な血が驚くほどたくさん出るけれど、幸い、指を切り落としたという話は聞かない。
「いい実りだな」
話しかけてきたのは、いつか海に落ちたカンを助けた青年だった。わたしとしてはカンに助けられた青年と言いたいところだ。
「稲がおじぎをしているだろう。しっかり実が入っている証拠だ。まっすぐ立っていてはダメで、うつむいているのがいい」
カンは刈り取った稲を手に持ち、その重みを確かめているみたいだった。畔のコスモスが風に揺れている。彼岸花も咲いている。
「おとうさんのこと、残念だった」。そう言って青年は、自分が働いている農場のことを話しはじめた。
「省吾さんっていうんだ。わりと気に入られているらしい。喋らないところがいいって。おれ、無口なほうだから」
田植えをしたのは六月だ。それから四カ月ほどのあいだにいろんなことが起こった。カンもハハも、おそらくツツも、誰もが自分の大切なものをなくした。そして稲は黄金色に実った。
「一枚の田んぼでも稲の色が少しずつ違うだろう」。青年は親身な口調でつづけた。「病気が入っている稲は色づきが悪い。水が冷たかったり、風が当たらなかったりすると病気にかかりやすい。みんな省吾さんの受け売りだけどな」
本人が言うほど無口ではないかもしれない、とわたしは思った。
「台風、水不足、冷夏……いろんなことがある。田んぼに足を運ぶことが大事なんだ。毎日稲の様子を見ていると、ちょっとした異常に気づく。何もしなくても、気を付けて見てやるだけで植物は育つ。これも省吾さんの口癖だ」
稲刈りは一時間ほどで終わった。さっぱりした田んぼに竹竿が置かれ、子どもたちも手伝って刈り取った稲を干していく。こうするとお米が美味しくなるらしい。太陽の光を浴びて、お米はどんどん美味しくなっていく。
カン、きみを見ていよう。注意深く見ているだけで植物は育つというじゃないか。人間だって同じだろう? トトのぶんまでわたしが見ていよう。きみが美味しく育つように。