文芸連載小説
海風が陸風に変わる夕暮れどき、吹くともない風に乗ってその情報はもたらされた。今夜、いよいよ島と陸がつながるらしい。
夕食を終えると、カンはいつもより早めにベッドに入った。出かける時間まで少し眠っておくつもりなのだ。わたしは起きて時計を見張っていた。長い針が何周かしたころ、あの子の目から涙があふれた。カンは目を覚ました。
「どうしたんだ?」
家のなかは静かだった。トトもハハも眠っているらしい。時計を見ると午前零時を少しまわったところだった。
静かなのは家のなかだけではなかった。夜全体が静まり返っている。その静けさは、いつもと違って感じられた。家の前の木立を、真ん丸な月が明るく照らしていた。葉の一枚一枚までがはっきり見えるほどだった。
海は沖のほうまで輝いていた。島はスポットライトを浴びたみたいにひときわ明るく浮かび上がっている。海のなかを一本の白い道が伸びていた。その上を歩いていく人影が見えた。どの影も一人きりで歩いていく。
砂浜からつづく白い道を、わたしたちも歩きはじめた。二つの影が道に落ちている。影は目的の場所へわたしたちを誘導してくれるみたいだった。道の両側で、海の水は川のように静かに流れていた。水際で何か動く音が聞こえた。きっと小さな魚かエビの仲間だろう。いつも通っている海が塞がったので驚いているのかもしれない。水のなかで何かが跳ねた。ほかにはなんの音もしなかった。小さな石や砂を踏んで歩いていく足音だけが聞こえていた。
途中で何人かとすれ違ったけれど、誰も口をきかなかった。ただ黙々と歩いている。お互いの顔を見ることさえない。きっと大切な願い事は、一人きりでかなえてもらうものなのだろう。
島に足を踏み入れると、鬱蒼としたヤシの林になった。鋭いヤシの葉が四方から迫ってくる。林のなかは植物たちの呼吸で満ちている。風はそよとも吹かなかった。息苦しくなり、頭がくらくらした。
目の前に小さな石の祠が現れた。あたりに人の気配はない。誰かが願いをかけているあいだは、ほかの人は遠慮して入ってこないのかもしれない。月の光は静かに祠の上に落ちていた。
カンは祠の前で動かずにいる。どうやって願い事をするのだろう。やり方を知っているのだろうか。祠のまわりには石が積んであり、小銭がたくさん置いてあった。カップ酒や菓子なども見える。
突然、何かが押し寄せてくる気がした。巨大な獣が地の底から吠えているみたいだった。それは地の底から湧き上がるようにして高まった。海の底を何台ものトラックが通り過ぎていくような、唸り声にも似た遠い潮のうごめきだった。
帰ろう、カン。ここは長くいるところではない。