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教典を暮らしに生かそう――『天理教教典』公刊70年に寄せて シリーズ座談会

その④第九章「よふぼく」

(2019年09月01日号)

連れてきた方が別席を運んだ段階で、とりあえず安心してしまっていました。自分のいたらなさに「はっ」と気づかされました。(40代女性)

この記事の中で、濱先生のおさづけの取り次ぎの話には驚きました。「ようぼくは、いつでもどこでも誰にでもおさづけを取り次がせていただかなければ」という話を思い出しました。(60代男性)

興味深く読み進めて、内容が心に刺さり、印象に残った。おさづけの取り次ぎもおたすけも、ハードルの高いことのように難しく考えていたが、「まず自らが一日一日を『有り難い』と喜び、その姿を相手の心に映していくくらいで、ちょうどいい」との言葉が心に響き、勇気を頂いた。(40代女性)

三人の先生方のようぼくに関する座談会を読ませてもらいながら、おさづけの理を拝戴してから17年の歩みを振り返って、自分自身のあり方、つとめ方についてあらためて見つめ直す機会になりました。(60代男性)

その③第八章「道すがら」

(2019年07月07日号)

3名の先生方がとてもわかりやすく話してくださるし、お顔が分かるので、まるでその座談会に参加させてもらっているような気持ちになります。(50代女性)

3つのキーワード「たんのう」「ひのきしん」「誠真実」について、3氏がそれぞれの経験や思案を具体的に述べておられる。ようぼくにとってこの3つは教えの根本であり、私にとっても大いに勉強になる内容だった。(70代男性)

教会につながる皆様に、いつも教えについてお伝えしているが、あらためて教典に対しての見方について感ずるところがあった。特に「道すがら」は、我々の生活に大きな示唆を与えてくれる。(40代男性)

人をたすけることばかりを考えていると、自分自身の喜べないことも忘れてしまえる。少しずつご守護を頂いて喜べるようになり、たんのうの心が納まる。時間がかかるかもしれないが、あきらめず、神様にもたれて御用をさせてもらいたいものです。(50代女性)

その②第七章「かしもの・かりもの」

(2019年06月02日号)

身上諭しは本教の根幹ですね。それだけに難しいものです。近い方の身上を目の当たりにして思うのが「なんで彼が……」です。私などより何十倍も道一条に通っているのに、と親神様の思いについて思いを巡らしたものです。いんねんの悟りが大事なのは理解しますが、二代、三代前まで遡って得心するとなると、誰にでもできるものではないでしょう。でも、かしものかりものの教えはもっと身近に置いておく必要があります。時報も毎回一面で取り扱っていただきたいと思います。(60代男性)

これまで三原典や『教祖伝』『教祖伝逸話篇』は身近に接しているのですが、実はお恥ずかしながら『天理教教典』をしっかり拝読したことがありません。これを機に購入し、拝読させていただこうと思いました。(60代男性)

諸井先生は「いんねん」の自覚について、「自分の過去を眺め、更には先祖を振り返り、心にあたるところを尋ねて行くならば、自分のいんねんを悟ることが出来る」と、教典をひもとかれている。信仰者として基本に帰らなければいけないことを学んだ。(70代女性)

このシリーズ座談会は、ただ読んで終わらせただけではもったいない。教会でのねりあいや教理の研修などに生かしたい。今回の座談会では、中川よし先生の「おたすけは天恩を教えること」という言葉が強烈に心に残った。(60代女性)

さまざまな先生の話を聞くことができ、教会での講話、練り合いに生かせていいですね。(60代男性)

3人の方の座談会を読ませていただいて、信仰に向き合う心定めが、今さらながらできました。「かしもの・かりもの」といつも父に言われていたのに、頭では分かっていたつもりでも、本当のところは何も分かっていなかった。「親神様のおかげで、毎日この身体を使わせていただける」と考えたとき、心が軽くなった気がして、おつとめが楽しくなりました。先生たちの話が、胸にストンと落ちました。本当に良い勉強になりました。(80代女性)

日々の「心のほこり」を払うことが大事であるとあらためて認識した。心に喜びを持てれば、ほこりはおのずと払われる。「いんねん」の話では、まず自覚して「いんねんを切る」通り方をすることが、代々の信仰につながるのだと思う。(50代男性)

その①第六章「てびき」

(2019年03月24日号)

かつて読んだままになっている人が少なくないであろう教典について、もう一度親しく詳しく分かり易く学ぶきっかけを与える好企画である。(70代男性)

まず「教典を暮らしに生かそう」とのタイトルに、強く心惹かれた。恥ずかしながら、「教典」には普段から親しんでおらず、どちらかと言えば「暮らしに生かす」とは考えも及ばず、どこか遠い存在に感じていた。記事を読み、「普段から教典に親しみ、事が起きた時、そこに込められた親心に目を向ける、という心の習慣を身に付けたい」との一文が心に残った。今後は、いつも教典を手元に置いて、普段から拝読するように心掛け、教典に照らし合わせて考える信仰を目指したいと思う。(40代女性)

父は教典をよく読んでいました。私も読もうと思いながら、忙しさにかまけて、なかなか読めていません。この第六章の「てびき」を読ませていただいて「あ、そうか」と思うことがありました。あらためて読んでみようと思います。(70代女性)

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